<神戸新聞社説>少数者とひらく未来/誰もが自分らしくあるために
長く隠されてきた社会の暗部が、一気にあぶり出された1年が過ぎた。その闇に目をつぶり沈黙してきた側にも退場を迫る、時代のうねりを感じずにはいられない。
不安の裏返しだろうか。「誰も取り残さない」とうたうSDGs(持続可能な開発目標)のかけ声が急速に世界に浸透した。日本でも性的少数者らの尊厳にようやく光が当たり、自分らしい生き方を諦めない人たちに共感の輪が広がっている。
だが、そのうねりが厚い壁を越え多様性を尊重する社会へと向かうかはまだ見えない。国内外で重要選挙が想定される2024年はその分岐点だろう。私たちは、地域や自分の中にもある「見えない壁」に目を凝らし、知ることから始めたい。
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23年、とりわけ目を引いたのはLGBTQなど性的少数者の権利を巡る司法の変化である。
体の性と自認する性が異なるトランスジェンダーの性別変更を巡る訴訟で最高裁は10月、生殖機能をなくす手術を条件とする特例法の規定を憲法違反とし、19年に示した合憲判断を変更した。特例法施行から19年で1万人超が性別変更し「社会の理解が広まりつつある」との理由だ。
■司法が認めた変化
結婚の自由を求める各地の同性カップルが起こした5件の同性婚訴訟は、2地裁が同性同士の結婚を認めない現行制度を違憲と判断した。そのうち名古屋地裁判決は、同性パートナーに家族手当を支給する企業もあるとし「承認しようとする傾向が加速した」と指摘した。共同通信社の昨春の世論調査でも、同性婚に賛成する人は7割に達している。
関西学院高等部の非常勤講師、藤井航(わたる)さん(33)は女性に生まれたが、自認する性は男性だった。高校までは本当の自分を知られてはならないと息を潜めるように生きていたという。大学で出会った恩師らの支えもあり、在学中に性別変更して男性として生きる選択をした。10年前からトランスジェンダーとしての思いを語る講演活動にも取り組む。
今は高校の教壇にも立ち「自分の性」と社会の関わりを考える選択授業を受け持つ。「若い世代にとって性的少数者は、当たり前に『いる』存在。当事者とどう向き合ったらいいか真剣に悩む生徒もいる」。それぞれの答えを探す授業は、藤井さんにも新しい視点を与えてくれる。
ただ、最近の社会の変化は感じつつ「偏見をなくすのは難しい」とも言う。「大事なのは、自分と違う存在を認知しても、差別につなげないこと。理解できなくても嫌悪や否定をせず、自分の言動に傷つく人がいるかもしれないと気づいてほしい」
■不確かさと多様性
政治の動きは相変わらず鈍い。
首相秘書官の差別発言をきっかけに昨年6月、LGBT理解増進法が成立した。だが、基本理念の「差別は許されない」は「不当な差別はあってはならない」に変更され、「全ての国民が安心して生活することができるよう、留意する」と多数派に配慮する修正が加わった。反対派を抑えるためとはいえ、当事者や賛成派からも「差別を温存し、理解を阻害する」などと批判を浴びた。
法成立を求めてきたLGBT法連合会の代表理事で、大手前大国際看護学部長の藤井ひろみ教授(看護学)は両性愛者だと公表している。
「問題だらけの法律でも、性的少数者の存在を認めた意味はある。少数者はどこにでもいて、苦しみながらも自分らしく生きる幸せを求めている。私たちの人権を守り、差別のない平等な社会を実現してほしいとこれからも訴え続けます」
看護学の視点でも「他者理解の重要性は一層増す。全学生に海外実習を経験させ、ジェンダー、国籍や言語など人間の多様性を当たり前に尊重できる人材を育てたい」と話す。
少子高齢社会では血縁や婚姻に頼れず、誰もが社会的弱者になりうる。「個の自立」に偏重し現代社会が軽視してきた弱さや曖昧さ、不確かさの中に、多様性への扉を開く新たな鍵を探す時ではないか。